パーティがつらいので、早めに出て来た帰り道です。アウェイな雰囲気がつらかったのか、英語がつらかったのかよくわかりません。たぶんその両方だと思います。たまに神が降りてきてパーティがものすごく楽しくなったりするのですが、そういう時は例外なくアルコールの力を借りています。まあ、長時間いられなくても回数顔を出すことに意味があると割り切り、家路につきます。
突然ながら、かのノルウェイの森、英語では東京ブルースというようです。村上春樹は本当に海外でも人気があり、文学好きのスペイン人の同級生いわくバルガスリョサと同列で語るべき作家とのことです。赤と緑の表紙、あとは、緑ちゃんがとても切ない役柄だったことを覚えてる。ベランダから火事を見る。あと、「そのしわ好きですよ。」ああ、それはれいこさんだっけ。
こちらに来て感じることは、むかし小説よく読んでたとか、テニスしてたとか、そういうなんの役にもたたなそうなことが効いてくるということです。仕事の話ばっかしてもおもしろくないし。なんだろう、人間の幅はいかに無駄なことをしてきたか。そういわれると、自分は大して無駄なこともしてないし、何が取り柄なんだろう、と余計思うわけです。
が、それでも、瑣末なことに神は宿ります。こないだもNYから来た同級生の彼女が、アウトサイダー・アートというジャンルのギャラリーに勤めてると言うので、日本でヘンリーダーガー見たよ、っていったら、ああ、それ私も一枚噛んでたの、なんて答えが返ってくる。で、会話が妙に盛り上がる。会計や経済学の勉強とはまったく関係ないことのほうが、むしろ効いてくるんじゃないか、というのが正直な感想です。
いろんなことは無駄ではなく、どこかでつながってくる。だから今までやったことは全て無駄ではないと考える。それを意味あるように使えるかどうかがより重要。スティーブジョブスが言ってたように、点はいつか線で結ばれる、それを信念に、あるいは言い訳に、Stay hungry, stay foolish、年取ろうとも常にしょうもない感じでありたいですね。
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