2010-2012年、MIT Sloan MBAプログラムに留学していました。アカデミックな話題から、ボストン生活、趣味まで、日々感じることを書いています。

June 17, 2011

何をやったか、何を学んだか

この1年で何を学んだろうか(そしてそれを人にどう伝えられるだろうか)、と自分に問いかけていたが、そのためには結局のところ何をやったか、を振り返るしかないと思い、そこから始めてみる。人はやったことからしか学べない。

1. プロジェクトものへの注力
自分の場合、個別知識の習得よりも、チームでの共同作業から多くの学びが得られると考え、プロジェクトものに多くの時間を割いた。

  • NPO法人のボーディングメンバーへの組織改革プロジェクト
  • タンザニアのインキュベーションセンター立ち上げプロジェクト
  • ボストンのインターネットサービスプロバイダの顧客獲得プロジェクト
  • 学生3名でのビジネスプラン作成

そこからの学びは、どんな商品/サービスであれ、「何でもできる、誰もがターゲット」ではうまくいかないということ。腹を括って、「この具体的な機能を持った商品を、どの顧客に売る」と決めることが大切。それが、やるぞという心意気を超え、一意のアクションにつながっていく。同級生で最も早い仲間は、既にVCから資金を調達して会社を立ち上げた。学校は休学する。彼はこう言っていた。秋学期に「やろう!」と決めた後も、なかなか準備は進まなかった。それで冬休みに入り、どうすべきか考えた。休みが明けて、VCが集まるカフェに行った。商品のプロトタイプを作った。これが一気にドライブを駆けた。VCの目の色も変わった。プロトタイプが、具体的な機能を規定させるきっかけになったのだ。スタートアップへのコンサルティングプロジェクトでも、その点を心がけた。具体的に動ける具体的な目標を作ること、これがアントレ実務には必須だということを学んだ。


2. ソーシャライズ機会への積極参加
自分を外に開いていくため、いわゆる飲み会には極力顔を出すよう心がけた。特に、毎週水曜日、Beacon Hill Pub(通称BHP)というところでのMBA生の集まりは、皆勤に近いペースで通った。そのために学校の勉強は多少なりとも薄くなってしまう部分はあったが、それでも外に出て人と話すことが、自分にとってはそれ以上に意味があると言い聞かせて続けた。

そこからの学びは、英語によるコミュニケーションの型のようなもの。どんなことを話題にして、どう話すか。とりわけ体で覚えたのは、アメリカ人の会話は、「テニスではなくバスケットボール」であるということ。日本人、もしくはアジア人同士の会話は1対1が基本で、ボールを交互にやり取りする。それに対し、アメリカ人の会話はペースは速いし、しかもどんどん横槍が入る。それを学ぶのに時間がかかった。とにかく自分の意見を持った人たちなのだ。また、仲良くなるには冗談が有効。例えば恥ずかしい話だが、私はバーでRollin' Rockというビールを注文したらRum & Cokeが出てきた。でもそれを周りに話していけば、そこから会話が盛り上がる。そして最後は、とにかくアメリカ人は「自信を持った振舞い」を重視するということ。彼らにはいろんなことを相談したが、とにかく言われるのは「自信を持て」ということだった。与えられた状況をポジティブに捉え、嘘にならない範囲で大言を吐く。自信が揺らぐことがあっても、それは決して外には出さない。むしろ本当の自信が持てるように裏で努力する(から進歩する)。英語でのコミュニケーションに自信を持ちたいと考えていたが、それはやはり言語だけではなく立ち居振る舞いも含めてのものである。それはもっとやらねばならない。


3. チャリティTシャツプロジェクトの立ち上げ
3/11に震災が起きて、翌日にTシャツプロジェクトを始めた。それは、震災直後に声を掛けてくれる同級生の「何かできることはないか?」という言葉に、自分なりに応えたいと思ったことが関係している。遠くアメリカにいる身として、日本のために何かしたい、しなければならないという気持ちはあった。そして、私のため、私の家族のため、日本のために何かしたいと思ってくれている友達がいる、それをどうつなげるかと考えていた時に、Tシャツのアイディアが閃いた。アイディア自体は別に突飛なものではない。むしろチャリティとしては王道だろう。しかし、それを翌日には立ち上げたこと、そしてボストンワイドの活動にまで広げられたことには自分なりに手応えを感じた。

その経験を通じて、スピード感を持って大きなことを成し遂げる際にどう物事をまとめ上げていくかを学んだ。私にとっては、国外にいる者として歯がゆいながらも日本をとにかく何とかしたいと思い、「Save Japan」というメッセージでプロジェクトを立ち上げることにした。メッセージは直感的であったし、積極的な表現で伝わりやすいと思った。それに賛同してくれる仲間が集まり、活動は一気に加速した。しかしその後、何名かの方からSave Japanというメッセージが「助けろ」という言葉遣いでかなり強い、かつ日本が終わってしまっている国という印象を持たせるので「Help」がよいと指摘された。英語の語感というところまで入り込むと、どうしても自分では理解しきれない部分もあったので、20人以上のネイティブスピーカーに相談した。意見は割れ、かなり悩んだ。その中で一人のアメリカ人の顔が思い浮かんだ。ある授業のチームメイトで、これまでのWrite-upから彼の文章センスが素晴らしいことを知っていた。そこで彼に電話して助けてくれ、と言ったら、数分後にいくつかのアイディアをくれた。その中にあった「Stand with Japan」を選んだ。深夜にそのデザインを彼に送ったら、電話がかかってきて、「This is awesome, awesome!」と喜んでくれた。これは心からうれしかったし、何にも負けない強いメッセージになったことを確信した。周りの声を聞くことと、自分で決断し引っ張ること、このバランスの大切さを体で学んだ。


やはり何かを学ぶのは、それ相応の時間をかけたときだ。そしてうれしかった時、悔しかったときを振り返ることが、学びを定着させるのには有効だ。MBAのエッセイライティングで学んだメソッドは、その後も確実に役立っている。

June 16, 2011

次の一手のため棚卸し

MBAの2年間で何を学びたかったか、改めて振り返り、同時に進捗状況をチェックすることで、残りの1年間で何をすべきかを考えた。誰かに伝える定量的なものというよりも、本当に感覚的な自分のためのリフレクション。

2年生になるにあたっての心構えを今まさに卒業したという上級生に尋ねたところ、卒業後にどんなことができるようになっていたいか、そういう観点で授業を選び、活動するとよい、とのこと。そして、もう一回原点に戻ることが大切とも言われた。これまでの社会人人生で得たものの棚卸しをする、次に飛ぶための準備をする、そうした場としてMBAの2年間を位置づけたのであり、そのために徹底的に勉強できる環境にいられることを幸せに思う。

そして、改めて自分のWhy MBA?を思い起こし、どの程度それが実現できているか、今後はどうしたいかを考えてみた。もちろん想像していたのと違ったこともあったけど、求めれば得られる、という環境にいて、自分がどれだけそれを得たかということの確認である。

1. ファイナンス知識の向上
直近業務で必要だったファイナンス知識に関しては、一定のインプットができた。どこまで消化できているかというと、満足行くレベルではないが、少なくともある程度の時間を投下し、特に企業価値評価に関しては、チーム作業でエクササイズを繰り返すことができた。
→企業買収の業務を継続することを想定すると、企業価値評価については今後1年更なる研鑽が必要だ。更に、買収後の企業経営への関わりを考えると、財務諸表からの経営改善を実現するための管理会計知識も増していかなければならない。

2. アントレプレナーシップの学習・実践
新規事業開発のための広義のアントレプレナーシップは、インプットが中心であった。理論として確立はされていないものの、ある程度フレームワークのようなものはあって、それを一通り学んだという感じである。また、実際の起業家に話を聞いたり、スタートアップ企業にプロジェクトで参画したりしすることで、起業家としての力強いマインドや、現場の身軽な活動についても理解を深めた。
→1年間学んでみて、アントレプレナーシップは、逆説的ではあるが、教室で学べる種類のものではないと感じた。次の1年は、アウトプットに比重を移し、自分でアントレプレナーシップを実践することとしたい。100KというMITワイドのビジネスコンペティションに応募しようと思う。

3. インターナショナルビジネス知識の向上
海外企業の買収を進めていくと、将来は国境を越えた組織マネジメントが必要になる。そのためのスキルを向上したいということであったが、これはどちらかというと草の根レベルの活動になった。クラスメイトとの交流から、日本的マネジメントとは異なるスタイルが必要だろうとのイメージを持った。
→翌年はインターナショナルビジネス戦略・組織マネジメントに特化した授業を取って、体系的な学びを得たい。また、IT業界で今後避けて通れないのはインドと中国だが、中国に関しては中国語を学ぶことをTo Doリストに入れる。

4. ソーシャルインパクトに対する意識の向上
これまで公共ビジネスに多く関わってきたこと、また将来社会的意義のある仕事をしていきたいという思いもあって、ソーシャルインパクト関連の考え方にも触れたいと考えていた。ここ1年はボーゲル塾に参加し、日本の将来についてビジネススクール以外の方々とも意見を交わす機会を得た。また、社会との関わりという意味では、震災後にボストンワイドでチャリティTシャツ販売を主導した。
→翌年は、ハーバードケネディスクールの授業を受講し、更なる意識向上に努めたい。また、金銭的インセンティブだけによらない事業推進のモチベーションについて、仲間ともっと議論を交わすこととしたい。

5. コミュニケーションスキルの向上
とにかく日本を離れ、英語・異文化でのコミュニケーションについて自信を持ちたいというのがあった。将来的には、いろんなことへの耐性をつけ、世界中どこでも生きていけるようになりたいと考えている。春学期はBHPという毎週のバーの集まりにはほぼ皆勤し、インターンも米国企業で行う。引っ込み思案にならず、そうした一つ一つの機会を取りにいくように心がけた。
→表面的なコミュニケーションでなく、クラスメイトとはもっと深い話をして、彼らの人間性・価値観について相互理解を深めたい。それは同時に、外の世界と触れることにより、何が日本人の特質かを知ることにもつながるはずだ。具体的にはG-labを受講し、卒業後も残る共同体験が役立つと思う。

6. (生活全体として、)新しいことへの挑戦
Getting out of comfort zoneとは、なんでも自分のコンフォートゾーンから出ればいいというものでもない。あくまで目的があってこそのもの、特に周囲にポジティブなインパクトをもたらすために挑戦していくことだと理解している。とはいえせっかくの2年間の学生生活、あまり堅苦しく考えすぎず、広く生活を充実させるため、これまでの社会人生活ではできなかったことに取り組んでみたいという気持ちはあった。料理を始めたり、(必要に迫られて)運転をしたり、ということはあったものの、決定的に新しいことにはチャレンジしていないかもしれない。
→日々の生活が挑戦の繰り返しだということでもあるが、ぜひ新しいことを始めたい。同級生にギターを習うのなんかよいかもしれない。

卒業後の仕事を見据え、残りの1年間で必要なことをやる。もちろんそれにしばられすぎる必要はなく、ある程度オプションをオープンにしておくこともよいだろう。また、私は今の会社には就職したのであって、就社したのではない。必要以上に会社に媚びず、自分のキャリアを自分で作っていけるように意識しなければならないと思う。日本が内向きにならぬよう、外に出て行くための役回りを担う。友人が、私には長期で日本の経済に貢献するような役回りを期待したい、と言ってくれたが、そうした志だけでなく、それを実現するための具体的な行動についても合わせて考えなければならない。それは、どう生きていくか、どんなことをしたら幸せなのか、どう社会と関わっていくかを考えることに他ならないのだと思う。

June 4, 2011

折り返し地点

先日春学期が終了し、夏休みになりました。アメリカに渡ってはや1年が過ぎようとしてます。病気も怪我もなく過ごせたことを、まずはありがたく思っています。

振り返ってみると、最初つらくて金曜の授業後に自宅ソファで落ちていた頃からすると、だいぶ順応してきたのではないかと思う。ただ、そういう強烈にストレッチする時期を過ぎると、今はなんか間延びした時間のようにも思える。

いったいこの1年で自分は何を学んだだろう。1年前に想像していた地点まで来れているか。折り返し地点を過ぎようとしている今、あせりが出てきています。思ったよりも進歩してないな、というのが正直な感想。それは目標が高いからだ、と言う人もいますが、やはり現状を客観的に見るとまだまだ満足できない。振り返ってみて、勉強はちっともしてないし、英語はちっともできるようにならないし、機会からは逃げてしまうし、コンフォートゾーンにとどまり貪欲さがないな、と思うわけです。そもそもちゃんと努力したか。このありえない環境にいてすら、1年たつとそれが当然のように思えてきて、慣れてしまう。改めて幸せな状況にいることに感謝し、日々を大切に生きようと思う。

春学期の終わりからは、かなりスランプだった。パワーが湧いてこない。1年がたとうとしているのに何も「これ」といえるものを得ていない。震災も追い討ちをかける。そんな話を友人にすると、返ってきたのは、みなそうだ、でもやったことに自信を持て、という言葉。だからその自信が持てなくて困ってるんだろう、と言いたいところだが、彼らの発言そのものがアメリカ的なものの考え方の表れなのかもしれない。

かなり長いスランプを過ごして出てきた割とシンプルな答。高い目標を掲げるのは勝手。ただ、どんなに遠くへ行こうと思ったって、自分の足で一歩一歩進んでいくほかない。どこでもドアはない。明日朝起きたら全てが劇的に変わってるといいなー、と真剣に思うけど、そんなこと起きるはずもないから、しかたなく地道に目の前のことに向かう。そして、いろいろ嫌になってるときは、その根源に正直に向かい合わないとダメ。今回の自分の場合は、いろいろモヤモヤはあったけど、結局は英語が未だにできなくて、コミュニケーションの一つ一つがカンファタブルじゃないことだった。この根っこをそぎとらないことには、いつまでたっても気持ちよくなれない。テレビをつけっぱなしにして、英会話の本を音読する。ベネズエラ人の友達曰く、言語の習得はスローだ、成長は見えにくいが、だからといってやらないといつまでもできないまま。折れずにやるしかない。いつか差がつくはず。そういえば、こないだとてもいい言葉を見つけた。"You will face many defeats in your life, but never let yourself be defeated." Maya Angelou。

そしてさしあたっての問題は、次の1年をどう踏み出していくか。良くも悪くもこの環境には慣れてきてしまっているから、今度はストレッチをかける機会を、外からの刺激によるのではなくて、自分から作り出していかねばならないのがつらいところ。うだうだ考えながら、インターン前、少し充電の夏。