2010-2012年、MIT Sloan MBAプログラムに留学していました。アカデミックな話題から、ボストン生活、趣味まで、日々感じることを書いています。

August 19, 2013

MBAは本で学べるか

MBAの知識はすべて本で学べるという人に。

たしかにMBAの知識は本で学べるかもしれない。Sloanでは、例えばノーベル賞学者の講義を聞くと、やはりただ本を読むのとは違うと感じたが、これって野球はスタジアムに行かずともテレビで見れる、とか、音楽はライブに行かなくともCDで聴けるとか、まあそんな議論と一緒です。スタジアムでの野球観戦経験を本気でテレビ中継の視聴経験と並べる人はそんなにいないと思うけど、MBAに対しては厳しい目を向ける人もいる。全部本で学べるから行く意味ない、その知識も実業じゃ役に立たない、という具合。

しかし、知識を得るための環境がリッチであるのもさることながら、自分の経験では、MBAで学ぶことは実は知識ではない。それではいったい何を得るのか。このへんはあまり一般化されている訳ではないので、場合によってはすべての人(特にアメリカ人)に当てはまるものではないが、いわゆる私のような日本人には少なからず言えることだと思う。

1. ハートの強さ
 非アメリカ人にとって、米国MBAでの2年間はアウェイで戦う時間になる。この経験は、とても人を成長させると思う。一言でいうと、サバイブする力。まず第一に、とても恥をかく機会が多い。なんならコミュニケーションの授業で即興でプレゼンテーションをしろと言われただけでも、全身から汗が吹き出し、もちろんたどたどしい言葉で散々なプレゼンになる。プロジェクトでコールドコールで地元企業を訪問してこい、と言って突き出されても、「We are MIT students and...」なんて言っているうちにお呼びじゃないと言われて帰されてしまう。そしてこれも何度か書いていることだが、バーに行ってもなかなか相手にされず、うまく輪に入れない。言葉は本当に習得が難しいが、それにめげず、少なくとも自信を持った振る舞いをしていないとやっていけない。これを乗り越えて大勢の前でプレゼンをし、バーでも逃げられず、また学校のプロジェクトでもふつうに声がかかるようになったのは、大きな自信になった。そしてこの先どんなところに行っても、何とかしてやろう、何とかなるだろう、という気持ちができる。ということで、ハートが強くなる。

2. スタンスを取る力
 授業では、ケースを使ったディスカッションを多く行う。そこでは、自分がケースの主人公(社長や事業責任者)になったとして、あるビジネス上の決断を迫られる。どんなに情報が足りなくとも、どんなに前提知識がなくとも、「俺はこっちにする」とスタンスを取って、そこに理由をつけなくてはならない。どちらにも決めない評論家的な発言は評価されない。言ったら教授やクラスメイトから叩かれるかもしれないが、それでもYesかNoかを自分で決め、説明することが重要。人は、組織は、論理によって成功の確率が最も高いものを選択し、何を選ぶのか目に見える形で、意思決定しなければならない。そこに妥協はない。で、それだけ真剣に選んだオプションだが、実際には絶対的に正しい選択なんてない。どちらでも成功する場合もあるだろうし、どちらを選んでも結局ダメということもあるだろう。肝心なのは、正しい選択をすることもさることながら、その選択を成功にするためのその後の努力も同じくらい大切ということも実は同時に学んだ。これは疑似とはいえ自分で決断を繰り返したからこそ腹落ちしてきた感覚かもしれない。ということで、周囲にスタンスを取り自分で意思決定する力が増す。

3. 夢の大きさ
 スタートアップや、はやりのソーシャルアントレプレナーシップなど、名前は何でもいいが、世界はこんなに広いんだ、世の中には社会にインパクトを与えるためにこんなやり方があるんだ、という感覚を腹に落とすことができる。学校には文字どおり業界の第一線で活躍しているリーダーが多数訪れる。で、トップを見せつけられてリミッターが振り切れて思考の枠がストレッチする。突き抜けてるアントレからP&Gの社長まで、その範囲は広い。CEO Perspectivesという授業では、文字通り毎週どこかのCEOが来てスピーチをする。P&Gの目標は地球上の全ての人に自社商品を届けることだとか、NY Timesがいかに紙からインターネットに舵を切って世界をターゲット市場にしたとか、いまや中国からも巨大な売上を上げるNBAがどう世界戦略を立てているかとか。そしてそれをどう夢として伝えているか、リーダーのコミュニケーションスタイルも勉強になった。そして、海外での実プロジェクトにより、異業種、異言語、異文化でも、自分にも「もしかしたら」できるのではないか、という可能性を感じることができる。この実体験に基づいた自信が夢に現実味を与えてくれる。ということで、夢のサイズが大きくなる。
 

知識だけならば本でよい、が、それでも毎年日本国外のフルタイムMBAに行く人はいる。やはり百聞は一見にしかずだし、更にただ見るのと実際にやるのでは全然違う。MBAに知識を取得しに来ようと思うと費用対効果がよくないかもしれないが、体を使って得られる知識以外のソフトスキルに、実は大きな価値があると思う。

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